鉄騎の変革について  土佐空手道会 2017.5.12

平成7年の松濤館創建60周年後頃から10年間位で谷田師範の有段者指導稽古で鉄騎の形が少しづつ変化していった。いや、イメージ的には原型に戻していったように感じます。私は、平成10年〜19年を主体に平成20年谷田師範がお亡くなりになる直前まで、自分が出席した有段者稽古は、記録し「高知松濤会有段者稽古録」として平成25年1月に編集を行い関係者に配布しました。しかし、私以外で記録あるいはメモを取っている有段者がいないため、いつ形のどの部分を変えたかの詳細な記録はなく、私の記憶と稽古している形に残っているのみでありました。このため、改めて有段者諸氏の記憶をたどりあるいは、書籍、動画などにより検証することにしました。以下、各形の主要部分の変化を解説します。

全般

平成7年の60周年時は、鉄騎初段〜三段まで踏み込みがあり、以後10年間で踏み込みは、無くなった。何時かの有段者稽古だったと思うが記録はしていない。

鉄騎初段

脚上げは無くなり、横一線に無駄なく動くイメージ

①片手での中段腕受けは、夫婦手で受けるように変化した。
②脇の下からとるけん制箇所(所見は様々)は、脇の下から取らずそのまま弓を引くように取る。

鉄騎二段

①60周年の動画など(その他の動画でも見受けられる)では、下段を払う動作にモーションが見られる。現在は、モーションを取らない。


鉄騎三段

①最初の動作は、松濤会、協会とも右拳を腰にとっている。内藤先生は、右下段を払っている。
②途中動作で、下段を払って打ち込みは、谷田師範からの継承である。松濤会、協会とも払いは無く、その手は、胸の位置にある。

江上先生の動画は、中段突きのように見える。(宮本先生演武)
なお、内藤先生、中村とよこ氏の著書は、下段の払いがある。60周年の谷田師範、佐々木、谷の動画をみれば解る。

鉄騎初段〜3段・夫婦手・本部先生と江上先生

本部先生は、「夫婦手は唐手の欠かすことの出来ない定めで、日常生活の中でも―例えば酒を注ぐとき、盃を持つとき箸を取るとき等々――拳法修業者はこの定めを守るようにし、夫婦手の定めを自ら身につけるようにしなければならない。 」と言っているが、鉄騎初段において、1カ所片手のみの受け動作がある。これはどういうことか、故意か、他の意味があってのことか。江上先生は、この動作を夫婦手の動作として青木先生の写真とともに解説している。また、踏み込む動作において、ほとんどの流派が、そのまま騎馬立ちの動作に入るのに対して、江上先生は、あえて青木先生に、まるで前蹴りのごとく蹴上げさせている。これは、この踏み込む動作に相手を蹴上げる意味が隠されているからである。本部先生も文字ではそのように解説している。
そして、左右腕受けの動作では、船越先生は腕を捻っている。他の会派でも見られる。本部先生は、これは間違いと正している。たしかに不自然であり、武道においては、捻らないことは基本である。江上先生は、この動作を本部先生と同じ動作に正している。
とりわけ鉄騎に精通していたと言われる本部先生、初段〜3段においては、夫婦手の動作が基本中の基本と知るべきだろう。

※解説は、全て個人的見解である